自由と責任。
「精一杯」は自分で決めるもんじゃない
貯金せず、今を楽しむ。
それも自由。好きにすればいい。
ただ、困ってから
「国が悪い」「行政が悪い」「誰も助けてくれない」
は違うやろ。
備えなかったのも自分。
使ったのも自分。
その選択の責任まで他人に持たせるな。
そして最近よく思う。
「私なりに精一杯やってます」
知らんがな。
年100万円のパートで「精一杯」。
経営で赤字を垂れ流して「本気で頑張ってます」。
投資で無茶して資金を溶かして「一生懸命やった」。
本人は本気なのかもしれない。
でも、
本人の「精一杯」と、世の中で通用する努力量は別物。
働く時間を増やしたのか。
仕事を変える努力をしたのか。
勉強したのか。
支出を削ったのか。
やり方を変えたのか。
そこまでやって「精一杯」と言ってるのか。
経営も投資も人生も同じ。
市場も世の中も、
「頑張ったで賞」なんかくれない。
努力したつもり。
頑張ったつもり。
精一杯のつもり。
「つもり」では結果は変わらない。
自由に生きればいい。
失敗したっていい。
助けを求めたっていい。
ただし、自分で選んだ人生のツケまで
他人や社会のせいにするな。
自由と責任はセット。

私はそう思う。

