犠牲。

親がしんどそうに仕事に出かける
その姿を見ると「頑張ってくれてる」「ありがたい」と思う

親が楽しそうに何も言わず出ていく
なぜかその感情は薄くなる

なんやそれ

しんどい=偉い
犠牲=愛情

いつの間にかそう刷り込まれてる

あほか。

苦しんでることが価値なんか
疲れ切ってることが正解なんか

じゃぁ、そうすればいい

楽しそうに仕事に行く人は楽してる?

違う
自分で選んでる
背負ってる
逃げてない

文句言わず淡々とやる

こっちの方がよっぽど強い

しんどい時期はある
それを乗り越えてる姿に感謝するのは自然

でもな

犠牲の量で愛情を測りだしたら終わりや

本来見るべきは顔ちゃう
生き方や

何も言わずにやる
やると決めてやる

しんどさで評価される世界にはしたくない、評価されたくもない

苦労してる顔や頑張ってるアピールで価値が決まるのはズレてる

どう見えるかじゃない
どうやってるかや

文句言わず逃げず淡々とやる

それを続けてる人間が一番強い

しんどいから価値があるんちゃう、やると決めてやってるから価値がある