ネゴロイズム。
私が生きてた証
生意気な言い方かもしれませんが、
私自身はもう、お金のために、生活のためだけに仕事をするステージは卒業しました。
もちろん、お金は大切です。
会社を続けるにも、社員を守るにも、家族を守るにも、そして新しいことに挑戦するにも、お金は必要です。
だから今でも、売上も利益も追いかけます。
ただ、それはもう、自分が食べていくためだけではない。
では、何のために仕事をするのか。
最近、その答えが少しずつ変わってきたように思います。
若い頃は、自分が稼ぐことに必死でした。
売上をつくる。
利益を出す。
会社を大きくする。
自分が動いて、自分が決めて、自分が結果を出す。
それが仕事だと思っていました。
でも今は、少し違います。
自分がいなくても会社が回る。
誰かが次の仕事をつくる。
誰かが人を育てる。
そして、その人たちがまた次の誰かを幸せにしていく。
そんな会社をつくってみたい。
会社そのものを残すことだけが目的ではありません。
考え方を残したい。
自責で考えること。
継続すること。
仕事を愉しむこと。
当たり前の水準を少しずつ上げていくこと。
そして、
自分と、自分の周りの人を幸せにすること。
私は完璧な経営者でもなければ、立派な人間でもありません。
間違えるし、悩むし、腹も立つ。
今でも「これでええんかな」と考えることばかりです。
だからこそ、その時々で考えたことを言葉にして残してきました。
それが、ネゴロイズムです。
成功者の教科書ではありません。
私が何を考え、何に悩み、何を大切にして、どう生きようとしたのか。
その記録です。
いつか私が会社からいなくなっても、
誰かの仕事の仕方に、
誰かの判断に、
誰かが後輩へ伝える言葉に、
ほんの少しでもネゴロイズムが残っていたら。
それでいい。
会社の規模でもない。
残したお金でもない。
肩書でもない。
ネゴロイズムが、私が生きてた証。
そんなものを残せる人生なら、
なかなかええ人生やったんちゃうかなと思います。



