お疲れ様です続
資産より、格好良さを残したい
最近、ふと思うことがあります。
今の高齢者の方々が
これだけ資産を守れているのって、
現役世代の負担の上に成り立っている部分も
正直あるんじゃないかって。
制度の話なのは分かっています。
年金も医療も、そういう仕組みの中で生きてきた結果。
それ自体を全部否定するつもりはありません。
でも、
制度とは別のところで
どうしても引っかかる場面がある。
人様には平気で奢ってもらう。
割り勘は渋る。
でも自分の資産は減らしたくない。
それ、
大人として格好ええやろか。
正直に言うと、
そんな人と友達でいられるか?
と聞かれたら、答えは微妙です。
はっきり言います。
若い頃に見栄をはれなかった人は、
年を取っても見栄をはらない。
これは金額の話じゃない。
性格の話でもない。
生き方の癖です。
ここで言う見栄は、
ブランド自慢や金持ちアピールのことじゃありません。
後輩に奢る。
人前で黙って払う。
損するかもしれん場面で
一歩前に出る。
そういう見栄。
見栄をはるって、
余裕があるからできるんじゃない。
覚悟があるからできる。
若い頃から
「損したくない」
「自分の取り分が先」
そんな生き方をしてきた人は、
年を取っても変わらない。
お金は、
守ることも大事。
でも同時に、
使ってこそ意味があるとも思います。
次の世代に回す。
人に使う。
経験に変える。
そうやって
循環させてこそ、
お金は価値を持つ。
だから、
セコセコ貯めるだけの大人より、
多少格好つけてでも
見栄をはれる大人のほうが、
よっぽど信用できる。
正直に言うと、
見栄をはれる人、好きです。
年齢は関係ない。
高齢者でも、若者でも。
奢るときは奢る。
出すときは出す。
苦しい世代があれば、
自然と手を差し伸べる。
そういう姿勢がある人なら、
一緒に酒も飲みたいし、
話もしたい。
結局、
お金の問題じゃない。
生き方の問題。
どれだけ資産を守ったかより、
誰のために、どう使ってきたか。
私は、
資産よりも
格好良さを残したい。
それが、
大人としての信用であり、
人生の最後に残るものやと思っています。


