働けよ。

働けよ。

給付金、給付金って。

最近、その言葉ばかり聞いている気がする。

もちろん、病気や障害、介護や家庭の事情など、自分ではどうにもならない状況にある人を支える制度は必要だ。

でも、それを理由に「給付が当たり前」という空気になってはいけない。

生活が苦しいなら、まず考えることがある。

昼の仕事だけでは足りないなら、夜間のアルバイトという選択肢もある。

休日に働くという選択肢もある。

収入を増やすために資格を取る、転職する、副業を始める。

やれることをやり切ったのか。

私は経営者として、苦しい時ほど「どうやって稼ぐか」だけを考えてきた。

国に「何とかしてくれ」と言う前に、自分にできることは本当にやり切ったのか。

給付金は、誰かが汗を流して納めた税金だ。

「もらえるものは、もらう。」

そんな考え方が当たり前になれば、働く人ほど損をする社会になってしまう。

政治も、給付を競うのではなく、働けば報われる環境をつくることに力を注いでほしい。

厳しい意見だと言われるかもしれない。

それでも私は思う。

日本は「給付を待つ国」ではなく、「働いて稼ぐ国」であってほしい。

働けよ。

その一言は、困っている人を切り捨てる言葉ではない。

自分の人生を、自分の力で切り拓こうという願いだ。
そして、その挑戦を支える国であってほしい。

そして、やりたい仕事はだいたい稼げない。

やりたくない仕事で稼いでからやりたい仕事したらどうやろ。